完璧な夏バテ、もしくは軽い熱中症で動けずに先日のジム・オルーク&恐山を断念。
入場制限も出るくらいの大入りだったらしいから、行っても多分ちゃんとはみられなかったかな。
突然だけど、阿部薫の話。
阿部薫は一回だけ生で聴いたことがある。
もう30年近い前、ミルフォード・グレイブスかデレク・ベイリーか、どちらか忘れたけど、西部講堂でのライヴで。
もう既にそのころから阿部薫は悪い評判も含めて伝説の人で、フリージャズを聴き始めた学生の自分にとっては、それはもう〜雲の上の人みたいな感じでワクワクして見に行った。
良く覚えているのは、コンサート中盤に、ステージ(西部講堂の真ん中のコンクリートの台みたいになっているところがステージだった。)に青い便所スリッパみたいなゴム・サンダルを履いた小男がいきなり登場して、これまたいきなり全開ですごいサックス・ソロをはじめたことだ。
多分11月で寒かったと思うのだけど、素足にサンダルというたたずまいとその強烈なソロで、「あ〜、これが阿部薫かー。」と思った。
なんかねー、よくわからなかったけどかっこよかったのよ。
それを見たすぐ後に「彗星パルティータ」を買った。
けど、全く面白くない。これは若造には難しいんだと思って何回も聴いた。けどやっぱり面白くない。
評価が高くて既にその頃もう入手困難だった「なしくずしの死」も人づてに借りて(多分、須山公美子さんから借りたと思う。)聴いたけど、やっぱり面白くない。
生で見たときの迫力との差に随分ビックリしたものだ。
結局、人間そのものを含めての阿部薫だったのかナー、と無理矢理自分を納得させた。
その後、随分たってのこと。
ある日、磔磔での前日のライヴの機材返却のため、カギを借りて中で車を待っていると、人が入ってきた。
「あの〜まだなんですけど。」「俺や俺。」
その日、北澤組でのライヴを予定していた町田(康)くんだった。
予定より早くついたけど何もすることが無く京阪電車で大阪まで往復してきた、と言っていた。
何もすることがないからといって単に電車で大阪まで往復する。町田君らしいな、と思った。
町田くんはステージでもスクリーンでも、いつもおちつきがないように見える。所在がないというか自分の身の置き所をいつも探しているようにも見える。
ここに自分が居て良いのか、居るべき場所なのか、いつも自問自答しているように見えた。
そういう気持ちが、今は使っているかどうかは知らないが、自分の肩書きを「パンク歌手」という何処にも属することのない、存在しそうでどこにも存在してない名を名のらせていたのだと思う。
話がずれました。
バンドのメンバーが来るまではまだ時間があったので二人でしばらく磔磔の暗闇で話した。
サックスを持っていたので、何故?と聞くと、「若松孝二監督の映画で阿部薫役やることになった。役作りで持ち歩いている。全然吹けへんけどな。」とのこと。
それで「石橋くん、阿部薫見たことあんの?」と聞くので上記のことを言うと、参考になるわけもなく「ふ〜ん」と言われただけだった。
その映画「エンドレス・ラヴ」はまだ見てない。渋さ知らずの不破さんや灰野(敬二)さんなど良く知っている人(しかも灰野さんは灰野さん本人の役で出演ときいた。)が出ている上、自分にとって町田くんの印象の方が阿部薫の印象よりも強かったから、とても映画として客観的にみることは出来ないと思ったからだ。
町田くんとも灰野さんともしばらく会っていない今ならばチャンと見られるかもしれない。
当時、名は言えないけどベテランのフリー・ジャズの人達で、もちろん阿部薫と親交のあった何人から同じ事をきかれた。「町蔵が阿部薫役ってどうよ?」
「いや良いと思いますよ。」と答えていたけど、それは適当な返事ではなく、一回見た阿部薫の姿と、ステージ上で自分の居場所を探していらいらする町田くんとの姿がちょっと重なっていたからだ。
だからよけいに公開当初は見ることが出来なかったのだけど。

