デロ〜ンとしたマーシャル・アレン

 先日、夕食の準備をしていたらメトロの林くんから電話。「今日マーシャル・アレンがあります。」ほい、忘れてた、ということで行った。


 行ったら、もう山本(精一)+千住+西のユニットがやっていた。それなりにおもしろかったけど、後で山本さんが反省していたようによくあるタイプの反応し合うインプロになってしまったような。80年代っぽかったと言ったらガックリされてしまった。

 マーシャル・アレンはトリオで映像の音楽に合わせて演奏。これは、まぁ、なんというか結論から言うと全く面白くなかったのだけど。

 映像も初期のスタン・ブラッケージとケネス・アンガーを合わせたようなフィルム。
モノを見るだけの視点で映像の色や光の変化だけで見せていくのが8ミリ時代のブラッケージ風、ブツの選び方がアンガー風といったところ。
 嫌いではないタイプの映像だけど、これもずっと見続けるには魅力が足りなかった。

 演奏はなんというかデロ〜ンとした弛緩しきった演奏。演奏が弛緩しているんではなくて精神というか思想心情といってもいい根本的なところで弛緩した、デロ〜ンとした空気。

 fugsのチュリ・クプフェルバーグやヤホア13、さらにはデッドにも通じるアメリカ音楽独特のデロ〜ンさ。
 
 カントリー&ウェスタンなんかよりももっと「アメリカ」を感じてしまった。
何処までも同じ風景がつづく広大な大地で生まれて多民族のいる都会で育った人でないとできないだろう、デロ〜ン・ミュージック。

 後半、サン・ラーのサイレント・ライヴ映像に演奏を重ねるところではもはや意味不明。
何を考えているのかまったくわからん。このアホさ(けなし言葉ではありません。)。さすがサン・ラーの主要メンバー、と変なところで納得してしまった。

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