土曜のAMS閉店の日の二つのライヴ、行ってみたかった。まだ見てないとうめいロボも聴きたかったのだけど。
しかしながら満員電車状態になるのはわかってたので、これはやっぱり若い人たちが沢山来るべきだし、広重君もそう望んでいるだろうと思い、おっさんは遠慮しました。
しかしあそこに50人か、すごいことになってたな。
広重君のブログ、京都の1978-1979年あたりをまとめたい、とある。
はいはい、出来ることは協力しますよ。しかしなぜ急に「さん」ずけで?
京都の1978-1979年という極々短い期間が、ある意味、今の日本の音楽の分岐点になったというのは間違いないとは思うが、実はそこらへんをちゃんととらえている人はいない。
だから広重君がまとめるならば、なかなか貴重なものになるでしょう。
広重君といい美川君といい須原くんといい、ちゃんと昔の資料を残しているのは感心する。
どうもものを残すということに関心が無くて、CDを作ることだって「残す」という感覚ではなく「作る」ということしか考えていない。
80年代から90年代初頭にかけてヨーロッパ・フリー・ジャズの人たちの関西公演をやり続けて、のべで多分100人近くは付き合ったはずなのにその記録も全く残していない。
だから記憶も曖昧で、ポール・リットンはやったことがあるけどポール・ローヴェンスはどうだったか定かではない。京都でやったような気もするしやってなかったような気もするし。
DATでいくつか録音したものもあるけども手つかずだ。
そんなわけで広重君にどこまで協力できるかわからないけど、まあ出来ることはやります。

