正しい○○の王道

 doubtmusic沼田さんのブログで、ICPオーケストラについての書き込みがあり、


それに対するコメントでICPオーケストラを「正しいジャズの王道」と書かれた方がいた。
 
 その人の「正しいジャズの王道」は「」付で幾分裏に批判的な意味も含まれているかとは思うのだが、昔、初来日時のICPオーケストラを京都で主催した人間としては、当時の「正しいジャズの王道」を聴いていたおじさん達にとってICPなんか「正しくも」「王道」でも、しかも「ジャズ」さえでもなくて、全く反応が悪かったのを覚えている。
 
 たった数十年で「正しく王道」になるのか、簡単なもんやなー、と思う。

 ICPがいまや全く当時のスリリングさを無くして、破綻も冒険も挑戦もない、安心感のあるルーティーンにおちいった「フリー・ジャズ」をやっていることもそう言われる原因なのかもしれないが、それだけではないだろう。

 「正しい」とか「王道」とか、さらに「ジャズ」だとか「ロック」だとか、どれだけ時代的集団的空気によるいいかげんなものか、よくわかる。

 関西では長らく音楽の「王道」であったブルースの人達なんか「世界に通じる日本の音楽がない」とか言うから、「えっ、いや少年ナイフとかボアダムスとかあるでしょ」と指摘しても「あんなん物珍しさだけやろ」とその事実さえ認めようとさえしなかった。その人達にとっては音楽はブルースだけなんだろう。なんと不自由な。

 だから余計に、「ジャズの王道」「これぞロック」だとか言われると、アホちゃうかと思う一方、そう言いきる裏にある選民的な思い上がりに腹も立つ。

 しかしながら、昔はそういう言いきり方をする層に反抗することをエネルギーに出来たのだけど、今は自分の考えや行こうとしている方向が、そんな根拠のない囲い込みや選民意識みたいなものにとらわれていないか、が逆に一番気になるところでもある。

 知らない間に、じぶんではそうは言わなくても実は「王道」だと思ってるんちゃうのん?と思い直す事が多い。

 若いときは周りを疑うことが大事だったのが、今や一番疑うべきは自分になってる。昔の関西ブルース好きのバカなオヤジ連中みたいにはならんとこ。
 

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