「ミッキーマウスのプロレタリア宣言」と梅ちゃんのこと2

 本屋で「ミッキーマウスのプロレタリア宣言」を手にとって本を開いたとき、梅ちゃんがそこにいた。

 本の中の写真、映画「やられたらやりかえせ」のスチール写真、その中に梅ちゃんが居た。


 梅ちゃんと始めてあったのは、劇団「風の旅団」の旗揚げ東京公演のときだった。

 荒川河川敷で行われるはずだったその公演は、何かよく分からない口実で中止勧告が出され、それを無視してテントを建て込みに行った劇団を待っていたのは、機動隊と放水車だった。
 「風の旅団」の前身である(と言うと語弊があるが)「曲馬館」が、「極左暴力劇団」という「左翼系旅行会社」と同じくらいありえないレッテルを公安当局に貼られていたという、その事実だけがその理由だった。

 その当時、時間があったものだから単に興味本位で手伝いについていったのだけど、たかだか20人弱の劇団員と協力者のまえに現れた倍以上の人数の機動隊と放水車を目にしたとき、「あぁ、この国は、国にそぐわないと決めつけたら決定的に排除するのだな。」と始めて思ったものだ。
 
 結局、公演はできなく(テントすら張れないのだから)帰ろうとしたら、前歯が2〜3本しかなく、しかも喋る度にその前歯がゆらゆら揺れるおっさんが現れた。

 「なんだよー。もう終わったのかよー。」「梅、遅っいよ。」というような会話の後、みんなが紹介してくれたのが梅ちゃんだった。

 梅ちゃんは山谷の労働者。でも曲馬館でも役者で出ていたらしく(そう言われれば記憶にあったような気もした。)、同じ曲馬館から派生した劇団「夢一族」にも役者で出ていた。沢田研二と同じ京都の中学の同級生ということだったけど、あるとき「梅ちゃんジュリーと同級生やったん?」と聞いても「う〜ん」と肯定も否定もしてくれなかった。

 「ミッキーマウスのプロレタリア宣言」にもあるように、梅ちゃんは初対面の人間に必ず「1000円くれ!」と言って体をぶつけてくる。
 その反応で相手を見極める。何らかの遠慮があるかもしくは明らかに上下をつけて見ているか(山谷の労働者ということだけで特別視するか)、瞬時に判断する。
 「梅!ばか!そんなもんやるか!」「おぅ!じゃその1000円で一緒に飲もう。」、どっちでも多分梅ちゃんにはOK。生の人間同士でつきあえるか、実際に生身で接する事が出来る人間かどうか瞬時に判断していた。

 それでも自分の乗った丸太を切るような人だったから、いつも誰かに怒られる。「梅!あぶないって!」「梅ちゃん、やばいし。」とかいうといつも困ったような顔をしてぷいっといなくなる。そしてしばらくしたら何事もなかったような顔で戻ってくる。その周期は数時間のこともあれば数年間のこともあった。

 そんな梅ちゃんを、年上だったけどなんか可愛いらしく好きだった。他の誰もみんなそうだったと思う。

 ある時、梅ちゃんが「石橋くんには世話になっているからおごってあげるよー。」と言って長靴を脱いで靴下の下に隠していた一万円札を出してくれたことがある。
 どういうわけかその一万円札を見たところで記憶がとぎれている。どこかもわからない。山谷で一緒に立ち飲み屋に行ったような気もするし、京都で一緒に一升瓶を買いに行ったような気もする。
 なぜ梅ちゃんが急にそんな気になったのか今でもよく分からない。そんなに世話した覚えもないのに。
 
 梅ちゃんが酒の飲み過ぎで肝臓を悪くして入院したと聞いた。その後、多分「夢一族」の京都公演のテントの中で最後に会った。
 入院したからか幾分小綺麗になり、でも顔色の悪い梅ちゃんを見て(相変わらず酒を飲んでいた。)「梅ちゃん、酒のんだらあかんやん。」と話しかけたが、その時の梅ちゃんはなぜか曖昧な返事で目を合わせようとしなかった。
 酒を飲むな、といいながら真剣に止めようともしない好い加減で中途半端なつき合い方を見透かされたか、(梅ちゃんも長くないな。)という思いを目の中に見られたか、よく分からないが、梅ちゃんに最後に拒否されたという気がして思い出すと今でも寂しい。
 
 その後しばらくして梅ちゃんは酔っぱらって階段から落ちて死んでしまった。
 階段からの転落死というのも「ミッキーマウスのプロレタリア宣言」で思い出したのだ。当時は死因はどうでもよかった。梅ちゃんは死ぬだろうな、という予感とその予感が的中してしまったことと、最後に梅ちゃんから真剣に酒を取り上げなかった一種のいたたまれなさだけが残ってしまった。

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