談志が死んだと知った日にハンス・ライヒェルが亡くなった。

 ハンス・ライヒェルが亡くなった。

 ハンス・ライヒェルを最初に知ったのは79年ぐらい、どらっぐすとぅあでbonoboを聴いてから。
 bonoboではダブルネック・ギターでの演奏、しかも普通のダブルネックではない、ボディがなくネックだけ繋ぎ合わせて両方の手でネックを持って弾く、わかりにくいか、ペグのある部分が両サイドにあると思ってくれればいい。

 裏ジャケにあるその改造ギターの写真に最初に目を奪われたが、中身の音はそれ以上に面白かった。
 即興演奏は大抵ジャズの延長だと思っていたのがまったくジャズのかけらもない不思議な即興演奏、初めて全くジャズの影響のないインプロの面白さを知ったのはハンス・ライヒェルのbonoboだった。

 20代の頃、金もなくレコードも中々買えない頃、京都のゲーテ・インスティチュートでレコードをよく借りていた。ブレヒトの唄う三文オペラのシングルとかもあった。本も貸し出してくれてたがほとんどの本がドイツ語なので手が出ず、レコードばかり借りてた。
 当時でも中々手に入らないFMPやICPのレコードがそれなりにあったのだ。

 ある日、係員の方に「もう他に借りる人もいないからこれ差し上げます」とbonoboと他のFMPのレコードを2枚もらったことがある。うれしかったな。もちろんそのレコードまだ持っている。

 ハンス・ライヒェルで忘れてはいけないのがダクソフォン。かれの自作楽器。内橋(和久)君もよく使ってますね。内橋君にはダクソフォンの秘密も聞いたことがある、なぜあんな音がするのか、その構造の秘密みたいなこと。

 ハンス・ライヒェルのダクソフォン、彼のサイトで音が聴けます。このサイト、インタラクティヴなサイトで一日楽しめる。
 ここで聴ける音はすべてダクソフォン。見た目も美しいダクソフォンの画像も沢山ある。

 ダクソフォンだけで作ったオペラアルバムもハンスはリリースしている。

 これも内橋君から聞いたことだけどハンスはグラフィック・デザイナーとしても超一流だったらしく、普段何気なく使っているフォントが彼の作だったと知ったときは驚いた。
 彼のサイトでもフォントが大活躍していますね。

 2007年に事故で来日中止になったことがあるが今回の死はそれと関係あるんだろうか?まだ詳しい情報は知らないので何とも言えないが。

 自分にとってフリーミュージックの門を開いてくれたのはヘンリー・カウ、耳を開かせてくれたのはハンス・ライヒェル、離れられなくさせてくれたのはデレク・ベイリーなのだ。

 月並みな言葉だけどご冥福をお祈りします。

“談志が死んだと知った日にハンス・ライヒェルが亡くなった。” への4件の返信

  1. こんばんは。今ヴッパタールに来ています。詳しいことは分らないですが、倒れるその日まで元気だったそうなので、2007年の事故は直接は関係ないと思います。ここ数年は特に疾患などなく、時どき風邪をこじらす程度だったと。ネットは噂が立つのも早いので…。

  2. そうですか、急死ですか、最近身の回りで多いですね。長い間病気で伏せることがないだけましかもしれないけど、、、。

  3. ライヒェルはかつて、My favorite guitaristでした。62歳て、一回りも違わん訳で、なんかなぁ、っていう感じ。勿論、フリーで好きなギタリストは、ベイリーだったりカイザーだったり沢山いますが、ライヒェルはそもそもちょっと違うと思ってました。他の人との比較の土俵に乗らないと思うのです。来日公演、結局一度も都合つかず行けなかったのが、ほんとに悔やまれます。

  4. めっちゃ遅いレスですみません。死因はまだわかりませんが62才は若いですよね。それと歳が一回りも変わらなかったことにも驚きました。
    来日の時は見てるはずなんですが全く記憶から外れてます。会ったのは覚えてるのに肝心の演奏が全く思い出せません。

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