参照:検閲下で静かに開催されるライブ:Multiple Tap in 杭州レポート

中国で行われた日本の音楽家たちのフェスティバルプロジェクト『Multiple Tap』のレポートがこれ。

政府の検閲下でもなんとか開催まで持っていくミュージシャンやオーガナイザーの力はこれに限ったことではないが(古くはユーゴスラビアのRingRIngー詳しくは大友さんの ブログを ーの例もある)いつも感心、というかそれ以上に自分に返ってくる部分が大きく、自分のやってることを再考せざるを得ないところまで心にくる。

日本もそんな検閲が行われる日がそう遠くない日にやってきそうな気がしてならない。

実際、政府による検閲でなくとも「社会意識」というか「市民感情」と言っていいのか、その時代の流れによる検閲めいたことはもう起こってると思うのだが。

それに観客の人数は問題ではない。それは随分前から確信してる。たとえ観客1人でもそれでいろんなことが動くときは動くし、10万人の観客であってもなんにも変わらない時だってある。

ただ人数が少ないと金銭的にきついし続けられないということはあるのだけど、それでも人数は気にはしていないとはっきり言える。

さらに売れる売れないの話になって時にいつも思うのは、「売れる」ということがどういうことなのか、はっきり自らの中で位置付けることができてないとそれ以上前には進めないんじゃないかということ。

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