評論

 買ってから随分時間がたってしまったが北里(義之)さんの「サウンド・アナトミア」を読み始めた。ちょうど今2/3を読み終えたところ。


 読了していないのに断言するのもどうかと思うけど、たいへんおもしろい。

 北里さんの密度の濃い文章はなかなかスムーズに読み進めることが私には難しく、それが購入したあと今まで手を付けていなかった理由でもあるのだけど、読んでみるといちいち思い当たることがあり2時間あまりずっと読み続けていた。

 しかしやはり容易には内容を理解しがたいところやその論理に納得できないところも時々出てきて、通常の読書の倍くらいの疲労感がでたので休憩中。

 自分で活動していく中で、経験的に「これはそうじゃないだろう」「これは多分正解」「このやり方はちょっと違う」等々感じていく中で様々なアイデアや方法を選択していくのだけど、こういうやり方は無駄な時間もかかるし(それが良い場合もあるけど)、たとえば誰かのやっていることが「それはちょっと違う」と思ったとしても、それはあくまで感覚的なことなんで単なる感情のもつれや表層的な批判になってしまう場合が多い。

 こういうちゃんとした評論を読むと、自分が普段感覚的にとらえている問題が霧が晴れたようにすっきり現れてくる。

 そうか、そうだよな、あれはそういうことだったんだよな。いやいやそれは違うと思う、えっ何故違う?〜そうかそれで違うと思ったのか。そういう繰り返しの読書。

 ちゃんとした音楽評論。評論家の名前をかたっている多くのライター諸氏は是非とも読んで欲しい。

 ところでjazz tokyoのコラムで評論とジャーナリズムの関係性について書かれている文章がある。
ここでの丘山万里子さんの文章。

 これもすごく納得のいく文章。
 
 まがりなりにも音楽を提供する立場にいる人間にとって「評論」と「ジャーナリズム」を混同することなくしっかりと見極めることも必要だと思った。

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