ライヴ企画ご無沙汰のわけ2

 随分間が空いたなー、まあ待っている人もそういないだろうし。


 じゃなぜこんなことを公開しているかというと、公開することで自分の考えを確認すること、ある種の枷を自分にかける意味もある。人前で実名で言えば逃げられないし。

 わざわざ何故こんなことを書き始めたかというと、飴屋さんの静岡での演劇に関して書かれた大友さんや細馬さんの文章を読んだからだ。

 リンクは張らない。参照したかったら自分で探してください。クリック一発で簡単に読むんではなくて探す手間くらいはかけて欲しい。簡単に探せるはずだし。

 大友さんの涙や細馬さんの感動の訳は演劇を見ていないからこそ逆に想像できる。でも見ていないからそれが当たっているかどうかは分からないけど、二人の文章から二人の出した涙や感動の理由は充分に理解できる。(理解できたような気がする。)

 それぞれの名前と皆一緒に行われるジャンプ、この見ていないから想像でしかない場面の印象がとても強くて、またライヴの企画をやっても良いかなと思い始めているのだ。 

 みんな一緒にジャンプしたって多分バラバラなはずだし着地も違えば高さだって違うはずだ。
 でもそれぞれの「名前」があり着地も高さもポーズも違うが一緒にジャンプする。

 ああ、そうかこれならやれるかな、と思った。

 おそらくライヴを見に来る人たちを「何をしに来ているのか」信用していなかったと思う。多分だからやる気もなくなっていたのだと思う。

 だからしばらくの間ライヴに関しては見る側に回ろうと思っていたのだ。

 読んでる人にとっては何のことかよく分からないだろうけどそれでもいいわ、多分自分でもそう具体的に分かっているわけではない。

 しかしちょっと考えが変わったのは事実。

 来年は少し自分でも積極的にライヴを企画してみようと思ってみた。

  
 とはいってもメインはCD制作なんでどこまで出来るか分からないけど、でもいろいろ考えてみようかな。

 

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