ライヴ企画ご無沙汰のわけ1

 よく言われるのが「もうライヴの企画はやらないんですか?」


 その理由のひとつにはもちろん体力的なことがあるけど、それよりも色々思うことがあったのだ。

 2000年のスラップ・ハッピー、磔磔でのF.M.N.冬の感謝祭と名付けた連続企画、その後の京都造形大でのanode公演以来自分でライヴを企画することはなかった。

 その大きな理由にはスラップ・ハッピー公演時に感じた「自分の楽しみのために他人に無償で苦労を背負わせていいものか?」という疑問があった。
 タコ部屋なみの作業をほぼ無給で強いるのだ。いくらなんでもこれはひどいだろう、という気持ちが大きかった。

 だからanodeの時は少額ながら時給を払ったのだが、これもお金で解決することへの疑問は残ったまま。

 それとライヴハウスという日常的にライヴが行われている場所での企画自体にも自分の気持ちとそぐわないところも出てきたのだ。

 それを確かめる意味での磔磔連続企画だったのだけど、やはりおわった後の気持ちは「もういいかな」だった。

 食事やお酒と一緒に日常的にライヴを行っている場所に行って非日常的を望むお客さんにライヴ感覚を楽しんでもらう、ということがその時の自分の気持ちとどうにもそぐわなかった。

 なんにもない場所で音楽だけある、そういう状況を望んでいたと思う。

 ただそういう状況を作るためには多くの人たちにかなりハードなことを望まなければ出来ない。

 だから自分で企画することにずっと二の足を踏んでいたわけだ。

 しばらくはよりよいお客さんでいよう、そう思い時間と体力のある限りいろんな場所でのいろんなライヴに足を運ぶようにした。

 長くなるんで続きはまた明日。

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