レッツ・ゴー役立たず

「レッツ・ゴー役立たず」とはウルトラ・ビデのメンバーでありマヘル・シャラル・ハシュ・バズの初代メンバーでもあった渡邊浩一郎の追悼盤「まとめてアバヨを云わせてもらうぜ」の曲名のひとつ。


 渡邊浩一郎(以下コウイチロウ)は90年に自ら命を絶つ。上記のCDは関係者が追悼盤としてコウイチロウが残した膨大なテープ(ライヴ、自宅録音、デモ)から編集したものだ。

 (jojo)広重君がブログでこのCDを再発して「ペンペンズのモタコくんや、彼らの世代に聞かせたい、影響を与えたい、また彼らから感想などを聞きたい」と書いていたことがある。

上記のCDは追悼の意味で関係者がだしたものだから再発はできないのだけど、うちに残っていた手つかずのCDをFBIの時にモタコくんに渡した。できる限りいろんな人に聴かせてほしいと言って。

 モタコくんはもうCD-Rで持っていたそうだけど、CDを喜んで受け取ってくれました。

 

 コウイチロウは当時の同世代のなかでも(phewや町田くんも含めて)ずば抜けて才能があったと思うけど、その全てが通俗的な完成を拒否しているようなもので、とても一般的な理解を得られるものではなかったとは思う。

 でも当時一緒に活動していた人間はみんなコウイチロウの才能は認めていたと思う。

 音楽なんか役立たず、音楽どころか自分も含めて役に立つことなんてつまらない、でも役立たずなことをやるのがやるのが最高におもしろい、ということをてらい無しにやっていたように思う。

 ただのひねくれ者に見えたかもしれないけど、実は何の役にも立たないということを理解して上で音楽を楽しんで作っていただけだと思う。

 「レッツ・ゴー役立たず」はそういう意味でとても好きなタイトル。役には立たないぜ、そんなことは最初から分かってる。役に立たないからこそレッツ・ゴーと進んでいくのだ。正直とても良い言葉だと思う。

 実際コウイチロウの作った音源はペンペンズに代表される(こういう簡単なくくり方でごめん)世代の感覚とよく似てるし、世代は違うけどHOSEを聴いたときに一番先に思い出したのもコウイチロウだ。(宇波君は以前上記のCDについてとても的確なレビューをどこかでやってくれていた。)

 しかし、これも正直に言えば、数十年前の音源を今の世代の人たちにきいてもらうことにどれほどの意味があるのか実はよく分からない。

 でも聴かせたいという人間がいて、たまたまうちに手つかずのCDがあり、聴かせたいと云っていた人間と会う機会があった、ということだけだ。

 これでいいよね、広重君。

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