mixiにとある自称(一緒に仕事したというミュージシャンの名前が羅列してあった、が評論家がミュージシャンと一緒に仕事、というのがそもそも?)音楽評論家がカヒミさんの新しいDVDが見たいからマネージャーさんに言ってサンプル盤もらおう、って。
ばかじゃないか!そこそこええ歳こいてるのに。
欲しかったら買いなさい。人見記念講堂でのライヴが二階席でいまいち音が届いていなかったからこれは欲しいな、って欲しかったら買えって。
音が届いてまいが届いてようがそんな奴には意味がないっちゅの。
大きな勘違い。
評論するということがどういう位置にあるかまるきり分かってない。
ただでもらうってことは宣伝の一環としてもらうってことか?
ならば評論ではないだろう。宣伝屋だ。宣伝屋ならば自分に頼めばこれこれこういう効果があるから、もしくはこれこれこういう努力をいたしますから宣材としてサンプルを下さい、と言うのが筋だ。
評論したいからただで下さいっていうなら、それも図々しい話だ。
ただ聴きたいだけなら欲しいなら自分の金で買え。少なくとも音楽で飯を食っている自称プロならば、お金を払ってCDやDVDを買っているふつうの音楽ファンに対する、それが礼儀だと思う。
日本で音楽評論家というべき人は数人しかいないと常々思う。
評論するということの根本的姿勢を自ら問い続ける努力をしない人間が自らを「評論家」と自称していることがどれだけ音楽の世界を歪めているか。
サンプル下さいって自称評論家からもし言われたら(幸運なことに請求するような無礼な人には出会ってない。聞いて欲しい人、宣伝効果の期待できる雑誌にだけサンプルを送っている。)ニコニコ笑って「で、あなたにあげてどういう効果が期待できますか?」ってはっきり聞くけどね。
欲しいから下さいってあさましいにもほどがある。
というわけで自分のことで言えばサンプル盤は例外を除いてもらってません。欲しいものは買ってます。
例外とはそのCDの制作やその人の何らかの活動を手伝っていた場合、またどうしてもあげるといわれたときにはF.M.N.のものと交換してたりしてます。
だいたいね、ただでもらっても真剣に見たり聴いたりしないって。
数千円払って数時間かける価値があったかどうか、それから全てが始まらないとね。

