先週、「リュック・フェラーリ―ある抽象的リアリストの肖像」を、そしてフレッド・フリス出演の「step across the border」をDVDで買い直し、今日、エヴリン・グレニーの「タッチ・ザ・サウンド」と1週間の間に音楽ドキュメンタリー映画を3本見た。
リュック・フェラーリは一昨年の来日公演を見てるだけに感無量。映画としておもしろいかといえば微妙なのだが、映画のためと思われるエリックMとのセッションでは、(多分自分の音源をCD-RにしてCDJで演奏していると思われる)リュック・フェラーリの演奏がかっこいい。
作曲家だと思っていたリュック・フェラーリがインプロのセッションでスピード感溢れる演奏をしていてエリックMを圧倒するくらいの演奏家だったのが意外だった。
「step〜」はもちろんビデオでは持っているけどDVDで買い直した。フレッド・フリスや他のミュージシャンのことを知らなくても充分におもしろい映画だと思う。
DVDだとやはりモノクロの映像がビデオよりきれい。日本、ドイツ、アメリカ、イギリス、スイス、イタリアと各都市の映像が時間軸も無視して、しかも何のクレジットもなく挿入されるのだけど、そのモノクロ映像が今見ても美しい。
特にイヴァ・ヴィットヴァ(ヴァイオリン)とフレッド(アコギ)、Pavel Fajt(未だこの人の名前の正確な発音を知らない、ビール缶)の3人が庭の木陰で演奏するシーンは何度見てもきれい。
映画の最初の部分でジョナス・メカスが「蝶の羽理論」と言うのを喋っている。たとえば中国で蝶がはばたけば、その風がやがて世界中に影響を及ぼす、といったようなこと。
ジョナス・メカスのような人がそういうことを言うと説得力がある。この映画を最初に見た当時、随分勇気づけられたような気がする。
蝶の羽のはばたきどころか毛虫の放屁程度のことしかやってないけど。
「タッチ・ザ・サウンド」。エヴリン・グレニーの名前は知ってはいたけれど、聴覚障害のある人だとはこの映画のチラシで初めて知った。
しかも京都のカフェ・アンデパンダンにも来ていたんだねー。(その時の映像もあり)全然知らんかった。おしいことをした。
映画はそのエヴリン・グレニーを「難聴の女性パーカッショニスト」として焦点を当てるのではなく、あくまでエヴリン・グレニーがたまたま難聴であったという姿勢を貫いていて好感が持てた。
ろうあ学校で打楽器を教えるシーンは音の捉え方の事を言っていてとてもおもしろい。
挿入される街の映像でのわざとらしく誇張した街ノイズと編集がちょっと演出過多気味で気になったけど、充分に楽しめる映画でした。
ひとつ不満。上映開場である京都シネマが作ったサイトやチラシには明らかに助演の位置にあるフレッド・フリスの名前が無く、変わりにちょい出演である鬼太鼓座の名前がまるで助演であるかのように掲載されている。
京都シネマの人にとってはフレッドよりも鬼太鼓座の方が有名なので人を呼べるという判断だったのだろうけど、普通の映画で助演の人の名前を外すような宣伝のしかたをするかな?
誰が有名かどうかを主催者側の不十分な情報で判断して宣伝してしまうことは、その映画の持っている目的をチャンと伝えることにはならないと思うけど。
それにしてもフレッドさん、太りましたね。白髪も増えた。でも人なつっこいところは変わってない。フレッドさんは81年初来日以来のつきあいだけど、長い間会ってないなー。自分にとって来日ミュージシャンとの仕事の最初がフレッドさんだったので、とりわけ思い入れは深い。

