henry cowの10枚組(1枚はDVD)が出るってニュースを聞いて日本盤もしくは輸入販売してるのを待ってたけど結局ReRに直接注文した。
送料込みで208ドル。高い。しかしDVDはダグマーがいる頃のものだ。
ReRも、でもこんなマニア向け(ヘンリー・カウ・マニアしか買わんわな)の高額商品を出さないとやっていけなくなったのかと思うと寂しい。
いくらReR何周年記念だとはいえ、バラ売りもされるとはいえ。
CDが売れなくなったから、CDリリースの持つ意味の方向性がはっきり枝分かれしてるみたいな気がする。
過去の仕事に頼った高額な限られたファン向けの「モノ」として所有することを目的とされるCD、そしてライヴを中心にしたバンド活動を補助するような目的のCD。会場で買いやすいように大抵安い。後者は、でもバンドが無くなればバンドもCDも1、2年で忘れ去られる。
どっちつかずのCDが今一番売れない。CDで音楽を聴くということの意味自体がもう無くなってるんでしょうね。
で、たぶんそのどっちつかずのCDを一生懸命作ってるわけだ。はっきり言っていつまでやれるかどうかわからない。


まったくそうですね。
当方も同感です。
いつまでやれるか、というのは、でもまあ、あと20年ですよ、我々が出来ることというのはね、我々の年齢を考えると。
それまでに寿命が来るかもしれませんがね。
どうも。
でも20年もかからないかも。
LPが登場してCDに変化したある短い期間に生まれて音楽に親しんだ我々の世代の方が特殊なのかもしれませんね。
時々、曲間とか曲順とか真剣に考えてるのがバカみたいに思えるときがあります。
いつのことか忘れましたが、多分1、2年前のこと、ある報道番組で、人々の音楽の聴き方が変わってきたという話をしていたなかで、CDは買うけれど、PCにコピーしたら捨ててしまうという若者が出ていて、仰け反ったのを思い出しました。そのとき、仰け反ったのは、捨てるなんて勿体無い、売るかなんかしたらええのに、と思った貧乏性の故ですが、それはともかく、冷静に考えてみても、もはや物としてのCDはそのような扱いを受ける憂き目にあるのね、と些か悟ったような気がしたのもあわせて思い出した次第です。まぁ、今やったら、ネットでMP3ファイル買うたらええやん、てことかも知れませんが。
こんにちは。
ジャケットなんかあったってうっとおしい、と言ってる若者もいますよ。
データで聴くようになるんだろうけどジム(オルーク)さんの「そんなに自分のものにしてどうなる?」という言葉を思い出します。
データを聴くことは決して他者と自分との関係を結ぶことにはならないような気がするんだけどな。
CDや書籍、雑誌(相次ぐ休刊)を取り巻く状況を見ていると、自分が伝統工芸の頑固職人みたく思えてきます。WEBの仕事が増加した時自分はその波に乗れなかったのですが、光る点の集合体である画面のデザインなんてやりたくないという気持が強く、背を向けたのでした。やっぱり紙の感触、インクの匂い、舐めたら甘い(?)、五感を駆使することで人間は人間たらしめられるのだと、青臭い中年デザイナーは思います。憂いていても仕方ない、それでも泥臭く作り続ける先輩方の背中を追っ掛けていくしかないと、憂いもしないでiPhoneなんかに群がる人々(音楽を聴きもしない)を眺めてます。
こんにちは、ラブジョイのジャケ、お疲れ様です。
雑誌もCDも残るだろうけど持ってる意味合いはどんどんかわるでしょうね。
意味も変われば今までの雑誌(紙媒体)もCDも今までとは違うものになるでしょう。いや、もうなってるかも。