柴山君にはどうしてもかなわないと思うところがあってそれはどういうことかというと。
柴山君がオルグ・レコードを立ち上げたとき見本盤は一切作らない、サンプルをライターに送るようなことは一切しない、と決めてると聞いて「気持ちは分かるけどさー、そんな意固地にならなくてもいいのに。中身はいいのはわかるけど、それで大丈夫かよー」といったやっかみ半分心配半分の気持ちでいたし、周りのすくなからずの友人知人も似たような視線を送っていた。
でも3枚組一万円のマヘル・シャラル・ハシュ・バズも1000枚売り切ったし(あっアナログもあるからそれもいれたらそれ以上だ)、「渚にて」だってご存じの通りの活躍ぶりだ。
「良いものは必ず売れる」とは思っていてもそう自分を信じ切れることはなかなか出来ない。自分のつくったものをいくら宣伝のためとはいえ安易に人に無料で提供しない。本当に好きでお金を出して買った人たちのためにも。サンプルなど配らなくても必ず良いものは広がる。そう信じたいが実際できない。
柴山君の自分を信じる力と妥協しない強い意志にはとてもかなわないと「渚にて」を聴く度に思う。
今作の「よすが」もジャケットの文字どころかレコード番号も定価の記載も一切無し(背表紙のタイトルのみ)、よくp-vineが納得したなと思うくらい余計なもの(それどころか必要と思われる情報さえ)が一切ないジャケット。
「渚にて」の歌詞が好きだ。削るところは思い切り削って必要最小限の言葉だけで作られる世界のなんと美しくて哀しいことか。
頭子(奈生樹)くんや羅針盤の吉田君達が参加した今回の「よすが」、チャイナが亡くなった知らせを聞いて作った曲があると聞いた。どの曲かは聴いてなかったがすぐわかった。そうかこれがそうか、たったあれだけの言葉で胸がしめつけられるような気がした。


