北九州ビエンナーレのことで書き忘れた。
初日の打ち上げを実行委の方達に奢ってもらったこと。
打ち上げ等の費用は実行委の人たちの手弁当らしく、何の関係もなくただ見に来た人間がごちそうになるいわれもなかったのにどさくさに紛れて奢っていただきました。どうもすみません。
2日目の打ち上げはミュージシャン以外はちゃんと自腹で。なんか申し訳なかった。
今は何とも言えませんが、その実行委とは以後なにか関係してなにかが出来るかも。
その他もMattia Coletti やISLAJAのライヴに行ったり。でも両方ともあまりピンとは来なかったなー。Mattia Colettiは一緒に出てた細胞文学のほうがおもしろかったし、ISLAJAの方も対バンのpopoの方がやっぱりずっと良かったし。
さてONJO。
東京での山本(精一)さんをメンバーに加えての公演。
ツイン・ギターでのONJOがなんともおもしろい。二人のギターの対比が他の楽器の響きにも影響するようで、今までにないONJO。
今までにない、と言うのも当然で大友さん自ら「第二期」と位置づけたONJOはまず楽器の配置から違う。
ドラムとベースを離し、間にヴァイブラフォンを置くことにより、固定したリズムによる音の中心が出来ることを避けたように思う。
ONJOはよく知られているようにモニターに頼らない。全く使っていないときもあるし使ったとしてもあくまで極小音量で補助的に使うだけだ。
だからドラムとベースの間に距離を置くことはとても重要な意味を持つ。お互いのリズムがカチッと聞こえて固定したリズムセクションとして働くのではなく、全ての楽器の音が混ざり合った状態でお互いのリズムを聴きながら演奏することになる。
とはいいながらもさすがに水谷さんと芳垣さんだけにそういう状況でもグルーヴ感は満点。
東京でも京都でも名古屋でもとてもエキサイティングな瞬間がいくつもあった。エキサイティングとはいっても大音量だったり激しいリズムが出来たり、と言ったようなことではなくあくまでクールにエキサイト。このクールさはベースとドラムの位置替えによるところが大きいと思う。
いろんな物(音)がいろんなところにいろんなようにあり、しかもその全てが影響し合ってひとつの音楽として成り立つ、多分第二期ONJOはそんな感じになるのではないかと思う。
でも、だからこそ逆に、曲(テーマ)から即興に移るとき、または即興から曲(テーマ)に移るとき、若干ぎこちない感じを受けたのも事実だ。
このぎこちない感じは東京の時が一番強かったけど、京都でも名古屋でも程度の差はあれ、感じた。しかしまだ第二期の初期なんだから多分今後はもっと変わっていくだろう。どう変わっていくかも楽しみ。
3カ所での「ハット&ベアード」が全く趣が違ったのがとても興味深かった。
個人的には名古屋での「ハット&ベアード」が一番良かったのだけどどうだろう?
京都のことは「音遊びの会」のことも含め、次回(来週になるかなー)にちゃんと書きたい。
結局無理して行った名古屋のことは、「得三」森田店長に得三スケジュール・ペーパーでのレビュー欄に書け、という要望を受けたのでそちらに書きます。

