続き

 アメリカ・タワー、と言いながら日本の現状について書いてるわけだけど、多分そう現状は変わらないか日本の方がもっとひどいだろう、ということでタイトルとは微妙に違うけどもお許しを。

 しかも確実なデータを元に書いているわけでもなく、ただ単に感想として思っていることを書いているだけなのでそのつもりで流し読みでもして下さい。


 音楽が癒しになる、というのはよく聞くが癒しになるかどうかは聴いた人の受けとめ方なんで、音楽そのものが癒しになるわけではない。
 聴いた人がそれをどう思うかは聴いた人の勝手なのだ。megoの一連のCDで涙を流す、という人も知っている。個人的には「花」ほどむかつく歌もない。

 なのに売る方が音楽を単に道具として売ろうとするのが間違いだとおもう。
 今は癒しを求めているから癒しっぽい音楽を作れば大量に売れるだろう、作る方も売る方もその程度の考え。

 経営側としては、要求されるものを作りそれを大量に売ればいいのだろうけど、音楽は要求されるから作るものではないと思う。
 音楽を人が望む、ということと需要のある(と思われる)商品を大量消費するということはまったく別のことだと思う。

 大型店が経営として10枚売れるCDが1000種あるより10000枚売れるCDが1種あった方がよい、というやり方であるかぎり、人が望む音楽を提供することは出来ないと思う。
 そりゃ人の望みを先に作った方が楽にもうけるとは思うけど。

 昔よく行った個人商店はお客さんの好みを良く知っていていろんな音楽を紹介してくれた。お客さんの望む音楽を紹介する努力をしてくれていた。

 個人商店はこちらの望む音楽を探してくれることができる。そこでは勝手に設定した大衆の嗜好の中には無理矢理入れられることはない。

 ネットで買う時は既に知っている音楽しか買わないけど、個人商店ならば知らない音楽に会える。
 今はもう、知らない音楽に会えるのはそういう店でしかないのかもしれない。
 ネットで音楽に出合っても自分の知っている範囲の中だけに、とても閉塞的になりがちだから。

 しかしネットで助かっていることもある。
 つまらない音楽情報誌よりもネットの方が確実に正確で迅速な情報が手に入るからだ。
 ブログ等での個人的な感想が、個人的なだけにつまらない事情に左右された音楽誌のレビューよりもとても正確だと思うし信用できる時が多い。
 その気になればいくつもある個人的な感想から新しい音楽と出会う情報も得られる。

 ネット配信のせいだけで大型店がつぶれるのではなくて、個人商店でやっているようなごく個人と個人のつき合いから生まれる新しい音楽との出会いが大型店では不可能になって、ネットがその代わりをやっていることも一因だと思う。

 何百万枚売れないといけないCDを作っている限り、ネット配信があろうがなかろうがCD屋さんなんてどんどんつぶれるだろう。

 人の望むものが何千何万通りもあるなら、CDなんて数千枚程度売れるものが何億種類もあったほうがまともだと思う。
 それをうまく望む人に望むように手渡せることが出来るならば。

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