前日の夜中に到着、当日の朝7時半にピックアップしてもらって会場入り、その後は殆どCDの物販スタッフの仕事をしてたので演奏は殆ど見てません。だからフェスのリポートには全くならないと思います。ただすこしでも関わった人間の単なる感想として。
CDの物販っていってもどこかのレコード店や会社が入ってるんじゃない。参加ミュージシャンが持ってきたCDをそのまま売って、売り上げはミュージシャンに全返し、手数料一切無し、これって普通のことで当然のことだと思うけどなかなかそうならないところが多いみたい。
ただ、そういう物販があるっていうことが伝わってなかったみたいで持ってこなかった参加ミュージシャンも多かったな。
会場入りするとすぐ入り口で線量検査をしているのが目にとまる。ちゃんとやってるんだな、というよりじわじわと被災地に来たという実感がわいた。
会場の芝生の上に巨大な風呂敷(被爆&拡散防止)を敷いてるのを遠目に眺めながら作業。
遠目にも美しい。これだけのたくさんの風呂敷を縫い合わせる途方もない作業に思いをはせる。
その風呂敷が美術作品としてもちゃんと成り立っているのは入り口での線量検査と無関係ではない。
翌日の風呂敷片付けの前にゆっくり縫い合わせられた一枚一枚の布を全部見て回った。放射能を除く、その目的と願いが一枚一枚込められ全国から送られた布が、これもまた一枚一枚手作業で縫い合わされてるのだ。そりゃ見て受ける印象が途方もないのも当然だ。
とにかく入り口での線量検査と風呂敷ひき、この2点を実際に見ただけで行った価値はあった。
この国のこの異常な状況の中で音楽に関わる人間としてどうしていくべきか、あの二つを見たことで多分心の奥底にずっとその問いは有り続けると思った。
見られなかったけど(球場の方には一度も行けず)とても良いフェスだったようで、終わって帰る人たちの顔や出演者の笑顔を見てるだけでそれが伝わってきた。
特に年齢層も様々で、それこそ近所の夏祭りに来たかのようなヤンキー男女やかなりの高齢の方もいて、大友さんの言ってた「福島には今こそ祭りが必要」というのはこういうことかと思った。
無料にしたのもこういうことかと。老若男女関係なく、しかも小さい地区のコミュニティに埋没することなく、福島だけでなく、でも福島だからこそ、のお祭りにしたかったのかな、と思った。大友さんもミチロウさんも和合さんも。
打ち上げで女性スタッフの方と話したことが印象に残ってる。「ずっと差別されてると思ってたし、もう結婚も出来ないと思ってたけど、、、」
そういう言葉の裏に喜びが溢れてた。
福島から生まれる、福島からしか生まれない「文化」(いやなことばだけどあえて使います)、それを実現出来た喜びが伝わってきた。
一人でもそう思えたらすごいことなんじゃないか?
どんなことでも一人から始まる。一人でもそう思ったことで大成功なのだと思う。
PJ FUKUSHIMA!のロゴ、まん丸のポチっと出てる出っ張りは宇川さん曰く「福島」だ。丸は日本で、おできみたいな負の出っ張り(福島)を持った状況を表してるとのこと。
でもその先の宇川さんの言っていたことが素晴らしい。負の出っ張りをなくすようにもっと大きな丸になる。
あの日あの地に行っておできみたいな出っ張りを実感出来たかというと、多分いろんな人にそれくらいで分かってたまるかと怒られると思う。
でも出っ張りとそれをなくす大きな丸、ということを心の奥に実感出来たのも事実。
彼の地にはいつもいられないけど出っ張りを実感し丸を作るためにやっていかないといけないんだろうな、とつくづく思った。
翌日の報告記者会見にもお邪魔。ミチロウさんの”「FUKUSHIMA」からはじまって「ありがとう」で終わった”と言う言葉が印象的だった。今度は「ありがとう」から何が始まるのか、始めるのか。
報告記者会見は印象に残る言葉がたくさんあった。多分ちゃんとしたプレスがきっちり報告してくれることを願って、誤解を防ぐためにもここでは詳しくは書きません。(facebookで詳しくリポートしてくれてた方がいました。)
来年もやるって言っちゃったみたいだけど大変だよな。規模はもっと縮小してもいいように思う。「学校」といい継続していくのが大切だと思う。
無料って最初どうなんだろうと思ったけど、この先も無料でやれるならば素敵なことだなと、これも現地に行ったからこその感想。