DOMMUNEでEP-4見る。請求書書いたりの仕事しながらだったんでとぎれとぎれ。佐藤さん、見るのは久しぶり20年弱ぶりか。裏ではみんな薫ちゃんと呼んでたから薫ちゃん。若干先輩なんで裏でだけ。
EP-4の諸作が再発になってますね。EP-4は関西の音楽においてはいわゆる(って名付けた当事者の一人だけど)関西NO WAVEとローザ・ルクセンブルグが出てくるちょうど中程の時代に当たるとても重要なバンド。
佐藤さんがEP-4をなくしたあと、きっぱり音楽から身をひいたのもその頃の時代状況から考えるととても深い意味を持ってると思う。
誰か、70年代末期から90年代初期にかけての関西音楽シーンを時代状況と重ね合わせて考察してくれないかな。音楽状況に関することだけでなくとても面白い話になると思う。
新しい音楽はほとんど関西から生まれてる。そう言って間違いないと思うから。
リアルタイムで京都にいた岡村誌野さん、どうですか?
EP-4のマネージメントをやっていた(のかな?ちょっと記憶があやふや)スタック・オリエンテーション、現スマッシュ・ウェスト社長の南部君は大学の同級生。
非常階段のストーリー本にはなぜか名前は載ってなかったけど大学時代はノイズ(冬里くんの)のライヴ等一緒に何回か企画したこともある。
その非常階段のストーリー本はもちろん非常階段に則した本だから関西のその当時の状況を全て言い表しているわけではない。
だから南部社長の名前も出てこなかったと思うけど、南部君も関西の音楽状況を考えるときにはかかせない人物だ。
当時、全国初めてだと思うけどカセット・ブック・レーベル、スケーティング・ペアーズを佐藤さんと一緒に始めたのも南部くんだと思う。すみませんこれも記憶があやふや。ペヨトル工房もかんでたっけ?しかしどちらにしても当時この発想にとても驚いた。
南部社長、70年代末期の知人友人の中で音楽を仕事(それで暮らすという意味で)に選んだ唯一の人物という意味でも貴重。
話は変わるが吉田アミちゃんのループラインのトークショーに関するブログ、毎日、追記注釈されてますね。
これほど自分の行動発言に真摯な態度はない。それに比べ自分は、、、と思います。
だからというわけでもないが、doubtmusicからの11月のONJT+新譜「Bells」と「Lonely Woman」(メンバーは大友良英 水谷浩章、芳垣安洋そしてSachikoMにジム・オルーク)、ライナーに吉田アミ、五所純子ってナイス人選。この二人の文章が今一番読みたい。
記事で岡村さんのお名前を間違えてました。お詫びして訂正します。
うかつなことで誠に申し訳ありません。