なかなか書けませんでしたがCDの雑務をやっていただけではなく相変わらずライヴにはまめに行っていました。
もうアニキキャラが定着した芳垣(安洋)さんのパーッカションばっかりの11人グループorquesta nudge! nudge!のライヴへも。
木屋町の廃校になった古い小学校の講堂でノン・PAでのライヴはちょっと感動的でした。
パーッカションばっかり、というと○○座みたいな勢いだけの工夫のない音楽みたいに思えるかもしれないけど多種多様なパーッカションの音色や特性をちゃんと考えて曲が作ってあるから、まるで歌っているようだった。もちろんリズム楽器だから心弾むしね。
その一週間後に磔磔でのあがた森魚「惑星漂流60周年!」ライヴツアーへ。ゲストが武川雅寛、山本精一とくれば見逃すわけにはいかない。
このツァー、なんとキャンピング・カーで日本全国8月から来年春まで60才だから60カ所以上のツァーということで、その体力にびっくりした。
ライヴもノンストップの3時間以上、歌い続け、しかも飛ぶわ、腰をくねらせるわの元気の良さ。60才でどうしてこんな体力があるの?
以前、F.B.I.で高橋悠治さんが出演されたとき、昼から夜の12時くらいまであるプログラムを自分がやるとき以外全て立って(!)見てて、しかも打ち上げで夜中の2時に内橋(和久)くんの娘カノンちゃんに「アマリリス弾いて」と頼まれて楽しそうにアマリリスを演奏して「おじいちゃん、お上手」と言われ(高橋悠治のアマリリスだぞ)にこにこされてたの見て、才能とは体力のことだ、と思ったものだ。
あがたさんを見てまたそう思った。
内容はねー、もう言うこと無しで、雷蔵の曲までやる大ヒットパレード。やらなかったのはヴァージンVS時代の曲くらいではなかったのかな。
「サブマリン」を山本さんと一緒にやったのがよかった。しかしこの時の山本さんのギターは変なギターだったな。ふわふわぺにょぺにょした音なのに芯がある変な感じ。
アンコールも2曲。2曲目はやらないのかなーと思っていた「大寒町」を山本さんも一緒に歌って。
それで終わるはずがアンコールが鳴りやまず再度のアンコール。7時半に始まったライヴは終わってみたら10時半でした。
あがたさんには実は一回だけ会ったことがある。
ロック・マガジンのレーベル「ヴァニティ」からあがたさんが「乗物図鑑」をリリースした直後、その録音で縁ができたウルトラ・ビデ+あがた森魚でライヴをやるということになって、ちょうど打ち合わせの直前まで一緒にいたBIDE(現在HIDE)と待ち合わせの場所まで行ったのだ。
京都の街角で待っていたあがたさんのセーターの肘が抜けてシャツが丸見えだったのがすごくかっこいい、と思ったのを覚えている。
ライヴの打ち合わせだから関係ないし待ち合わせの場所で簡単な挨拶だけで、後は遠慮したのだけど、そのライヴには何故か行った覚えがない。
あとでどうだったかウルトラ・ビデの故コウイチロウに聞いたけど、BIDEがもらったか借りたかしたシタール・ギターという新楽器(当時で2〜30万したらしい)を持って行ったら、会場でケースを開けるとネックが折れていた(大爆笑)、という話しかしてくれなかった。
その頃の仲間はみんなプログレやフリー・ジャズ好きだったのになぜかあがた森魚さんは好きだった。
あがたさんの初期のアルバムが再発になったときライナーを広重君が書いていたけど変な気持ちだった。
あがたさんのライナーなんて書かせてもらいやがって、という嫉妬と昔の友人が書いてくれたといううれしさと。
そのライナーは若い新しいファンにも古くから聞き続けている人にもちゃんと向かい合っていて良いライナーでした。
あがたさんのライナーのこと、書いてくれてありがとう。以前会った時にもほめてくださいましたね。
あがたさんのライナーについてなにか言ってくれたのは石橋くんが最初で最後でした。ライナーを引き受ける時に随分躊躇して、熟考して、それから引き受けたことを思い出しました。覚悟がいりましたよ(笑)。私にとっても特別な人でしたからね。
ハードスタッフ12号、今回はタワーレコード流通はしない模様で、京都は三月書房でのみ取り扱うそうで、もう購入申し込み用紙は置いてあるそうです。
どうしても入手困難な場合はアルケミーでも取り扱いしますので、郵送しますので、遠慮なくおっしゃってください。
あがたさんは最新作(になるのかな?)タルホロジーがあまりに素晴らしくてよく聴いてます。
そうか、ハードスタッフ、じゃ三月書房に買いに行こう。ありがとう。